香川県高松市の株式会社川六は、明治 10 年(1877 年)創業の老舗で、西日本でビジネスホテルを展開しています。従業員は 68 名です(出典:経済産業省「DXセレクション2026」選定企業レポート 2026 年 6 月)。

同社は、過去のトラブル対応や社内のノウハウを AI に読ませ、現場のスタッフが夜中でも AI に相談できる仕組みを作りました。2026 年 5 月 20 日には、経済産業省の「DXセレクション2026」で、ビジネスホテルのグループとして初めて優良事例に選ばれています(出典:株式会社川六のプレスリリース 2026 年 5 月 22 日)。

この事例で真似したいのは、AI を作ったのが IT の担当者ではなく、60 代を含むフロントのスタッフだったことです。 専任の IT 部門を持てない小さな会社ほど、参考になる進め方です。

会社の課題:対応の仕方が、ベテランの頭の中にしかなかった

ホテルのフロントには、設備の故障、予約の行き違い、急病のお客様など、マニュアルにないことが毎日のように起きます。どう対応するかは、経験の長い支配人や副支配人が知っていて、夜間や休日でも電話で判断を仰ぐのが当たり前でした。

川六は、この状態を「ベテラン社員の『暗黙知』のブラックボックス化」と呼んで、取り組みの出発点にしています(出典:株式会社川六「DX戦略レポート2026」)。知っている人に聞かないと動けない状態は、人が少ない会社ほど重くのしかかります。

何をしたか:社内の情報を読ませた AI を、フロント全員で作った

社内の情報を読ませて答えさせる「KAWARAG」

川六は 2023 年から、AI を経営の中心に置く取り組みを進めています。柱にしたのが、自社のデータをあらかじめ AI に登録しておき、その中を探してから答えさせる仕組みです。社員が誰でもすぐ使えるようにという意味を込めて、「KAWARAG」(川六の RAG)と名付けました(出典:川六のプレスリリース)。

ふつうの AI は、インターネット上の一般的な知識で答えます。KAWARAG は、自社の過去の事例やノウハウ、現場の声を引き出して答えます。

「うちの会社ではどうするか」に答えられるのが、ふつうの AI との違いです。

夜中のトラブルに答える「支配人 AI」

KAWARAG の代表的な使い道が「支配人 AI」です。過去のトラブル対応の記録を読み込ませてあり、現場のスタッフは 24 時間 365 日、困ったときに AI に対応を相談できます(出典:川六のプレスリリース)。

これで、支配人と副支配人は、夜間や休日の緊急の呼び出しから離れられるようになりました。現場のスタッフが安心して働けることにもつながる仕組みだと、同社は説明しています(出典:同リリース)。

フロント全員で勉強会を開き、半年で 300 個の使い道を作った

進め方にも特徴があります。DX の担当部署、フロント、外部の開発会社が一つのチームになり、まずフロント全員で勉強会を開きました。その結果、60 歳の社員を含むフロントのスタッフが、半年で 300 個の使い道を作っています(出典:川六「DX戦略レポート2026」)。

経済産業省のレポートは、毎週全店舗で活用を話し合う会議を開き、60 代の社員やパートを含む全従業員が作り手になったことを評価しています(出典:経済産業省「DXセレクション2026」選定企業レポート)。使う人が自分で作るので、現場の言葉で聞けば答えが返ってくる AI になります。

作り方の約束事として、同社は 4 つの行動指針を掲げています(出典:川六「DX戦略レポート2026」)。

  • 週 1 回の会議で進み具合を確かめ、細かいことはチャットですぐ解決する
  • 完璧さよりスピードを優先し、まず試作品を作る
  • 失敗してよい。小さく試して学ぶ
  • 経験や勘ではなく、事実と数字で決める

AI の前に、経理と社内のシステムを整えていた

AI だけで成果が出たわけではありません。川六は先に、経理と予約・フロントのシステムを整えています。

経理は、通帳の入出金から給与、振込データの作成、請求書の管理までをシステムで一つにまとめ、転記や入力の作業そのものをなくしました。売上 30 億円規模で、経理の担当はパート社員 1 名、週 3 日の完全在宅勤務です(出典:川六のプレスリリース)。

フロントの仕事は 13 の工程から 6 つに減り、清掃の日報を自動にしたことなどと合わせて、年間 7,442 時間を減らしたとされています(出典:日本デジタルトランスフォーメーション推進協会「ホテル業のDX事例」2026 年 7 月 29 日)。

社内の資料や記録がばらばらのままでは、AI に読ませる材料がそろいません。AI の前に、情報を 1 か所に集める。川六はこの順番を守っています。

結果:残業は月 6 時間 49 分から 3 時間 54 分に

川六は、取り組みの成果を年ごとの数字で公表しています(出典:川六「DX戦略レポート2026」)。

指標

2023 年 4 月期

2025 年 4 月期

1 人あたりの月平均の残業時間

6 時間 49 分

3 時間 54 分

離職率

13.9%

6.5%

人時生産性(2022 年度を 100% とした値)

100.0%

144.0%

予約サイトの口コミの評価(全店舗の年平均)

4.24

4.33

人時生産性は、粗利を総労働時間で割った値で、1 時間の労働でどれだけ稼げたかを表します(出典:経済産業省「DXセレクション2026」選定企業レポート)。働く時間を減らしながら、1 時間あたりの稼ぎを 4 割以上増やしたことになります。

この仕組みは、新しく引き受けたホテルの立て直しにも使われています。2024 年の平均で稼働率 37.1% だった旧サンロイヤルホテル高松は、川六のやり方を入れて改装した後、2025 年 10 月に 92.3% になりました(出典:川六「DX戦略レポート2026」)。経理の自動化や AI の活用といったやり方を「川六モデル」としてまとめ、経営不振のホテルに持ち込んで 3 か月で黒字にした、と同社は発表しています(出典:川六のプレスリリース)。

課題:AI だけの効果は、まだ切り分けられていない

公表されている数字を読むときには、注意が要ります。残業や離職率の改善は、経理やシステムの見直し、職場の環境づくりを含めた取り組み全体の成果です。 支配人 AI だけで何時間減ったかは、公表資料には書かれていません。

計画の段階にあるものもあります。同社は 2030 年に向けた計画で、事務作業をなくすことや、全従業員に AI のコーチを付けることを掲げています。2030 年 4 月期の目標は、残業を月平均 3 時間、離職率を 3.0% にすることです(出典:川六「DX戦略レポート2026」)。

自社で試すときも、AI の効果だけを測りたいなら、始める前の数字を取っておく必要があります。「AI に聞いて解決した件数」と「上司に電話した件数」を数えておけば、効果を自社の数字で確かめられます。

中小企業が真似できること

使う人に作らせる

川六の 300 個の使い道は、フロントのスタッフが自分の困りごとから作ったものです。IT に詳しい人が 1 人で作ると、現場で使われない道具になりがちです。

勉強会で作り方を全員に見せ、使い道は現場に考えてもらう。 小さな会社なら、全員が同じ部屋に集まれる分、この進め方はむしろやりやすくなります。

「上司に電話で聞いていること」から始める

支配人 AI が答えているのは、これまで夜中に支配人へ電話で聞いていたことです。どの会社にも、特定の人に聞かないと進まない仕事があります。

最初に AI に読ませるのは、社内でいちばん聞かれている人の知識です。 質問の記録やメール、手書きのメモでも、文字になっていれば材料になります。

毎週、決まった場で話し合う

川六は毎週の会議で進み具合を確かめています。AI は入れた直後より、使い道が増えていく途中で差がつきます。

週 1 回 15 分でも、「今週こう使ったら便利だった」を共有する場を決めておくと、使い道は自然に増えていきます。

川六の進めた順番。社内の情報を 1 か所に集め、社内の知恵を AI に読ませ、フロントのスタッフが使い道を作り、半年で 300 個の使い道ができた流れの図。
情報を集めてから AI に読ませ、現場が使い道を作る
川六の順番は「情報を集める → 社内の知恵を AI に読ませる → 現場が使い道を増やす」です。いちばん聞かれている人の知識から読ませると、効果が早く見えます。

社員 20⁠〜⁠50 人の会社なら、こう応用する

  1. 社内でいちばん聞かれている人を決める。1 週間、その人が受けた質問を書き出してもらいます。電話・チャット・口頭のどれでも構いません
  2. よくある質問と答えを 1 つの文書にまとめる。川六の「過去のトラブル対応の記録」にあたるものです。最初は 30 件ほどで十分です
  3. その文書だけを根拠に答える AI を用意する。法人向けの AI サービスには、資料を読ませてその範囲で答えさせる機能があります。入力した内容が AI の学習に使われない設定かを、先に確かめてください
  4. 全員参加の勉強会を 1 回開く。使い方を見せたら、各自に「自分なら何に使うか」を 1 つ考えてもらいます
  5. 週 1 回、15 分の共有の場を作る。答えられなかった質問は文書に書き足し、AI の答えが間違っていたら担当者が直します

たとえば、最初の文書は次のような形で始められます。

よくある質問

答え

確かめる人

取引先から納期の前倒しを頼まれたら?

工場長に在庫を確認してから返事する。即答はしない

工場長

経費の精算はいつまでに出す?

毎月 25 日まで。過ぎたら翌月に回す

経理担当

お客様からの苦情の電話は誰に回す?

まず内容を聞き取り、その日のうちに課長へ報告する

課長

「確かめる人」の欄を設けておくと、AI の答えが古くなったときに誰が直すかがはっきりします。

社員の個人情報や取引先の契約の中身など、AI に読ませてはいけない情報もあります。どこまで読ませてよいかを、会社として先に決めてから始めてください。

出典

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